Curaのこと

26歳地方の会社員 日常のこととか。仕事のこととか。

死にたい理由を因数分解してみた。

漠然と死にたいという考えがここ1ヶ月毎日頭の中でぐるぐるとめぐっていました。

 

人は立ち止まる時間もなく、考える時間もないと人はおかしくなるんだろうと思います。

 

最近忙しすぎて頭がおかしくなりそうでした。

というよりもおかしくなってきて、言葉の使い方に影響が出てきたり、私生活がハチャメチャだったり。そんななか偶然にも3連休もらえて今すごくほっとしています。

 

休み=仕事の準備期間という認識になっていたので、ようやく「自分」を取り戻したように思えます。

 

はいそしてタイトルにあるように死にたいという考えの因数分解をしてみました。

何が原因で僕は死にたいのか、どうすれば楽しく生きれるのか、なぜ死ななければいけないのか。

 

ざっと上げたのが

 

・仕事ができない。

・恋人がいない

・趣味がない

・家事が面倒

・私生活が充実していない

・今後の人生を考えると生きていけない

・生きているだけで家にほこりが積もっている

・人に遅れをとりたくない

・孤独を抱えたまま生きていたくない。

・孤独な生活、孤独な人を抱えたまま朝を迎えるこの街が嫌い。

 

とまたいろいろ出てきました。

 

上の2つはすらっと出てきたので本当に力を入れて解決すべき問題なんだろうと思っています。

あとほかは上の2つが解決すれば自然と解決していく問題だろうと思います。

 

死にたいを構成しているこれらの最適解については

だらだらと考えていきたいと思います。

自主自宅入院

突然の3連休を与えられて、1日目何をしようか考えていました。

 

「精神的に疲れたら自宅入院がおすすめ」という記事を見て

3連休2日目(本日)は自宅入院をしていました。

 

 

ルールとして外出をしない、家事をしない、メール電話に出ない、22時に寝る。

 

といったものでした。

 

 

やってみると結構大変でとにかく暇でした。

 

11時起床、YouTubeやテレビを見ながら時間を潰し、ストックしていた食事を食べて。

 

20時まではルールを守っていたんですが、

限界に達して、おうち焼き肉をしようとスーパーに向かいました。

 

自宅入院終了のお知らせです。

 

 

その際、スマホを自宅においてきたのですが、着信がないか、ラインの通知が来ていないか、すごく不安になりました。

 

そのときに自分がスマホに縛られていることに気がつきました。

 

明日対応しても十分間に合う、職場からの連絡だとしても休みという大義名分で応答しなくてもとがめられないのに、なぜか不安だったのです。

 

弊社は休日にメールチェックをするだけでも未払い残業として懲戒をくらうみたいで、

休みの人間に仕事のことで連絡をしてはいけないというルールがあります。

 

おそらく他の会社よりコンプライアンス遵守しているように思えます。

 

そんな待遇にもかかわらず、こっそりとメールチェックしていたり、かかってこないはずの電話におびえていたのです。

 

 

潜在的に、人に遅れをとりたくないという感情と自分の印象を守りたいという考えがあったのだろうと思います。

 

これからはスマホをチェックするのは朝一、仕事終わりだけとルールを決めて使っていきたいと思います。

 

自分でやらなきゃいけないことを増やして脳内のキャパオーバーさせても頭おかしくなっちゃうからね。

 

ほどほどに使って行こうと思います。

明日に希望を持つには、

【DJふぉい】4にたいなら明日のおやつを決めてみなよ【切り抜き】 - YouTube

 

この動画に出てくる「明日のおやつ」というワード。

 

疲れたからおやつ食べようとかご飯前に食べようとか。

 

食べているけど、お店に行ってあるものから選ぶ生き方。

ではなく、おやつを決めて主体的に行動する。

 

帰り道とは逆方向に、少し車を走らせて買いに行ったり休みだから少し豪華にしてみたり。

 

明日のおやつを決めるということは、明日に楽しみという種をまく素敵な行動だと思います。 

 

2022年能率手帳の「予定は希望だ。」というメッセージ。

 

この言葉がすごく刺さる時代だと思うんです。

 

閉塞感のあるこんな時代だからこそ、予定を決めて明日に希望という種をまく行動をとっていきたいです。

 

明日はミスドの新作ドーナツをおやつにしたいと思います!

 

あなたの明日のおやつはなんですか?

「ストレスを溜めない」と「ストレスを解消する」こと。

プライベートなら絶対関わらないであろう人と仕事では関わらなければならない。

 

 

自分のストレスを溜めない方法として、そういう人とは距離を置くことが1番の解決策だった。

 

 

それができない今。

ストレスを溜めないではなく、溜まったストレスをいかに発散するかで悩んでいる。

 

 

毛布についた線香とばあちゃんちの匂い

ばあちゃん家が好きだった。

詳しく言うと母方のばあちゃん家だ。

 

ばあちゃん家であり叔父さん夫婦の家でもある。

 

みんなが大好きだった。

 

自分が社会人になってから尋ねることがなくなってしまった。

 

今、叔父さんは単身赴任で北海道へ。

 

ばあちゃんは認知症になりかけ。

 

叔父さんの嫁さんはばあちゃんと一緒にいると疲れるそうで。

 

 

なんか、あの頃の幸せな関係は幻だったのかと思うほど10年くらいですごく変わってしまった。

 

確かにその時は幸せだったんだ。

 

それは間違いなく当事者でなくても感じていた。

 

 

家族のかたち、幸せって変わっていくのかな。

 

幸せが減っていくとは絶対思いたくない。

幸せの形が変わっていくと思いたいね。

 

思いたいね。

個人のスピード、社会のスピード

心のスピードと資本主義のスピードが伴わないときみんなどうしてる?

 

自分はのんびり生きていたいタイプです。

 

職場の人達は上昇志向というか、割と面白いものを探そうと必死な人たちが多い印象です。

そういう人たちが社会で活躍シてるんかなあ?

なんて思うんです。

 

最近心が追いつかなくて、辛いです。

 

今apexというゲームでリフレッシュしていました。

おかげでなんとか考えてたことをまとめられそうです。

 

仕事の時間もしんどいけど、仕事以外の時間はもっと辛いです。

パートナーがいない、予定がない、友達がいない。

そんなところが原因な気がします。

 

ただ、今週も終わったのでゆっくり寝たいと思います。

 

SNSをいじらない生活はすごく家事や仕事が捗りますね。やることがないから、やらなきゃいけないことへのハードルが下がるような気がします。