まかだみあのこと

日常のこととか。仕事のこととか。

マッチングアプリ始めました!!

 

ユニクロで15000円
ZOZOで靴を3足25000円

洋服代で4万円近く使いました。

なかなかこんな額を使うことがないので
ビビってましたが、投資だと思って購入しました。

一応洋服を扱う仕事についており、着こなしを考える練習にもなるので勉強代としての投資扱いです。


他にも投資として、
最近マッチングアプリを始めました。
ペアーズというやつです。

以前酔っ払った勢いでダウンロードしていたものを本腰入れてやってみようと思い、始めました。

マッチングは結構します。


ただ、それからのメッセージのやり取りがめんどくさくてマッチしたままの人も数人います。

現在メッセージのやり取りをしている人は1人です。
可愛らしい感じの見た目でラジオが好き。
しかもcreepy nutsのラジオを聴いてるという共通点に驚き、興味を持ちました。

周りでラジオを聞いてる人がいないので、ラジオの話自体人とするのが初めてでした。


メッセージのやり取りで自分の感情を言語化する方法とコミュニケーション体力をつけることが目的で投資をしていました。

その中で気の合う人と会えれば良いなぁくらいに考えてたので、これは思わぬ出会いでした。

今回のマッチングアプリの件で感じたのは、
面白くない休日を「面白くないな〜」と過ごすのではなく、「何でもいいから面白いことを探す」ことで人生まで変わってくるような気がします。

バカにすることなく、本気でやってみてダメならそれまで。
自分の社会的な評価が自分の認識と乖離していることを学べるし、それをもとに再度ターゲットを意識してダイエットなり、洋服や髪型など見た目を変える努力を行っていくと暇な休日がなんとなく充実していくと思います。


我々には幸福追求権があります。
生きてる限り頑張りましょう。自分を磨いて幸せになろう!

流行り物に乗っかってみる

 

 

鬼滅の刃、マスクドシンガー、ドクターXを最近見ています

 


大変面白いです

 


早く観ればよかったです

 

 

 

流行り物を見ないという人も結構いると思います。


昔、自分が出会ったものが一番良いんだ。


自分は好きだからずっと見ている。

 

男性に多い様な気がします。
現状維持というか、保守的な思考。

 

 

女性はわりと新しいお店に行ったり、失敗を恐れず挑戦していくことが多いと思います。

 

自分は割と保守的です。

 


新しい美容室、髪型、ご飯屋さん、商品、ドラマ、運転する道でさえ同じところをよく使います。
チャレンジはあまりしない方です。

 

毎日同じ方法を選択しているので

展開が予測できることばかりです。


そんな日常が退屈でした。

何も起こらない現状に満足出来ていませんでした。

 

 

なので(嫌だなあ。)と思いながらも

新しいことをしようと考え

 

嫌なこととは何だ。→鬼滅を今更観ること。→それだ!


という感じでTV放送とAmazonプライムビデオを駆使してアニメを視聴していました。

 

最初は観るのがめんどくさかったので

お酒を飲むついでに観ていると

だんだんと面白さが分かってきました。

 

そのまま全話視聴し、映画を見て、遊郭編の予告を見て、アニメ放送開始の12月まで待ちきれず、原作のマンガを読み始めた状態です。

 

新しいことをするのは

とても勇気がいると思います。

 


面白くない可能性を少しでも含むのであれば、時間を無駄にしないよう洗濯物を畳みながらとか、料理しながら、メールチェックしながら、寝る前に流し見しながらながらみをすれば時間を無駄にすることなく家事もできます。

 

最近ワクワクが足りてないなと感じる時は、チャレンジが足りているか確認して、周りで流行っていることをやるといいかもしれません。

 

 

カップルになると社会行事が煌めく様に、流行りのものを好きになると「社会全体が自分のために動いている様な錯覚」に陥るのでとても幸せになれます。

 

「あ、ここにも鬼滅!」とか

「あ、自分の好きなゲームとコラボ!?」

のように。

 

ただ今日も生きてる。だけではなく

 

予定がある、やりたいことがある、買いたいものがある

 

というのは

幸せなことなんだと考えさせられた経験でした。

 

Cura

言えたことだけが気持ち。

 

 

「言えたことですよ、言えたことだけが気持ちなんですよ」

 

 

ドラマ 大豆田とわ子と三人の元夫

 

とわ子の3番目の元夫である中村慎森に恋する小谷翼のセリフです。

 

 

恋愛において

「関係が深いから伝わっているはず」

「行動で示しているから大丈夫」

というのはよく言いますが

本当にそうでしょうか。

 

人が考えていることはわかりません。

 

あんなにラブラブだったのに、

あんなに近くにいたのに突然別れを告げられ驚いたことを忘れてしまったのでしょうか。

 

 

キスができる距離にいた相手の考えていたことをわかっていなかったのです。

 

思っている以上に相手の考えはわからないんです。

 

 

・相手のことを考え、眠れない夜を過ごしたこと。

・電話したくても迷惑がかかると思ってしなかったこと。

・相手を目の前にしてうまく言葉が出てこないこと。

・恥ずかしいのに強がっていること。

 

 

全部を細かく伝える必要はないと思うんです。

 

ただ少しわがままになってもいいのかなあって思いました。

22時くらいなら突然電話してもいいでしょう。彼氏・彼女の仲なんだから。

 

好きっていう気持ちは告白されるまでわかりません。

 

言わなくてもなんとなくわかるけど、それは事実ではないんです。

 

嫌いな人に嫌いと言わなければ、関係は悪くならないですよね。

それと一緒で好きという気持ちも言わなければ伝わらない。

 

好きなあまりとってしまった行動で怒られたら謝ればいいんです。

 

そして相手の居心地のいい距離感を探っていけば長続きするんじゃないかなと

 

自身の経験と反省を織り交ぜながら考えてみました。

 

 

いいドラマは「恋したいなあ。」と思わせてくれますね。

 

同じ脚本家のカルテットを今見始めました。

これも面白そうです。

そのステージでしか体験できないこと。

 

 

こんにちはCuraです。

最近心にダイレクトアタックしてきた記事があったので、紹介したいと思います。

ui0723.hatenablog.com

環境だけではなく、外見も全部そう。

太っているのも痩せているのもマッチョなのも、髪が長いのも短いのも、各々のベストな選択の結果なわけです。

これはもう反論の余地なんか1ミクロンもないド正論なのです。

あれもこれも全部まぎれもなく自分自身の意思。選択の結果。

誰かに相談したことがあったとしても、最終的に選択したのは自分。

だから、誕生日を孤独に過ごすのも、家族で過ごすのも、己が選んだ結果なのです。

これを、不幸と言ってしまうのはどうかと思うのです。

不幸だと決めてしまえば、それまでのベストな選択を、己自身の全否定。

 

…うう

 

ダイレクトアタックだあ。

 

 

 

人生は選択の連続ですね。

 

 

 

選択の結果今の自分がある。

 

 

 

10代の頃は選択の結果が人生に影響していると思っていませんでした。

 

 

私の10代は、部活をせず、バイトばかりしていました。

 

バイトのおかげで現職の接客業に就けました。

 

同世代と比較すると楽しく仕事できていると思います。

 

 

ただ人間は贅沢なもので、部活をしてこなかったことを悔やんだりするんです。

 

 

社会人の話題と言えば、食べ物、時事ネタ、天気、そしてスポーツ…

 

からの~学生時代の部活です。

 

 

 

10代の頃は

 

 

あんなに苦労して、お金をもらえず、怪我までして、休日の時間を奪われ、長期の休みも奪われる。あげくの果てに、先輩後輩の馬鹿みたいなやりとりしなくちゃいけないなんて最悪。」

 

 

なんて思っていました。

 

 

ただ、最近は

 

 

「プロでもない一般人が一つの分野に対して経済的、人間関係、環境すべて何の心配もなく、全力で挑める機会。」

 

だったのかもと思うようになりました。

 

 

健康的な体、教える人、一緒にする人、道具、環境、時間、

怪我をしたときに支えて、応援してくれる人。

 

学生時代には無料で自分の周りにいた、あったものが

社会人になるとすべてにお金が発生します。

 

それもかなりの金額。

 

 

これらの条件のもと、安心して全力で夢を追いかけることができる学生は

かなり幸せものだなあと今になって思うんです。

 

 

私が部活をしていたら今の仕事をしていないし、謎の首の痛さに悩まされながらこのブログを書いていなかったでしょう。

 

これはこれで幸せだと思うんです。

 

 

 

ただ、学生時代にしか経験できない

 

 

そのステージでしか経験できない経験って成功しても失敗しても、生きる上でとても大切な財産であり、その人のルーツとなりえるんです

 

 

その経験をみすみす自分から逃したと思うと寂しくなります。

 

やりたいことがあったらとりあえず全部やる。

 

そして両手いっぱいにかかえて転んだとしても、手放さない。

顔面からつんのめって鼻血を出しながら笑ってるくらいのお馬鹿さが学生時代にほしかたです。

 

 

もしかしたら、転ぶことが怖くて、片手を開けるクセが抜けないまま、10代の己の全力を知らずに死んでいく人生ではなかったのかな

 

と今更ながら考えてしまいます。

 

 

はあー最後は暗くなっちゃった。

社会人パワー(お金)を使ってハーゲンダッツ買いに行こー。

 

今回もお付き合いいただきありがとうございました。

 

Cura

童貞の持ち合わせている優しさは、女がほしい優しさではない。

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酒を飲むときは必ず爆食してしまうCuraです。


女の人が男性に求める条件というアンケート結果で、上位にあるのが「優しさ」ですよね。


(なのになぜ、俺は優しいと評判があるのになぜモテないのか…?)


と数年前まで考えていました。


まず大前提として、
「自分の持ち合わせている優しさ」「女性が恋愛において求める優しさは違う」と思うんです。


自分の考えていた優しさとは
「店員さんに丁寧な対応をする」


「重い荷物を持ってあげる」


「自分から進んで手伝う」

などです。

女性が恋愛のアンケートで想像する優しさとは

「体調が悪いときに気にかけてくれ、自分の居心地のいい距離感で寄り添ってくれる。」


「不安にならず、めんどくさくない頻度の連絡を言わなくてもしてくれる。」


「態度だけではなく、感情をちゃんと言葉にして伝えてくれる」



こういった優しさを求めていて、自分の考えている優しさはできて当たり前のレベルだったのです。



女性が考える優しさに関しては、経験しないとわかりません



「好きな人が自分のいないところで何をしているのか不安」


「この人は今、何を考えているんだろう」


「キスできる距離にいて誰よりも近い距離にいるのに、この人の考えが全くわからない」



こういった不安を感じた経験をして反省しないと、女性が考える優しさというものは生まれて来ないんじゃないかと思うんです。


つまり、経験のない童貞は優しくない!



アンケートに答えている女性は童貞は恋愛対象外という真逆の結果になるのかな。


(そう考えると優しい人という意見がなかなか辛辣な意見に思えてくる。)


童貞は初めての相手を絶対に傷つけます。


そしてフラれて初めて反省して学んでいけばいいと思います。


経験が多い人でも自分の行動を反省しなければ同じようなもの。


苦しくても反芻しながら「どうすれば良かったか、また今度はどうすべきか」を考えていけば、優しい人になれると思っています。


過去を振り返らない生き方は素敵ですし、忘れることで人間は生きていけると思います。


しかし、反省しなくては永遠に同じ自分だと思うんです


ただでさえ人生に意味はないんです。


その人生に意味をもたせたいじゃないですか。



将来をともにできない恋だったとしても、相手と巡り会えた縁を大切にしましょう。



そして、相手との恋愛を無価値にすることがないように、自分の行動を振り返って反省して次の恋に生かしていけばいいんです。


その慣れた感じが、余計相手を不安にさせるのはまた、別のお話で…


とにかく、「自分が痛みを知らないことには人は本当の意味で優しくなれない。」

というのが僕の考えです。


今回は以上です。お付き合いいただきありがとうございました。

僕の7年間は何だったのか。これから先の7年間はどうするのか。

犬が怒っているときに飼い主が開いている犬の口を閉じるだけの動画ですが、ずっと前からすごく好きな動画です。


www.youtube.com


この動画にコメントをしようと開いたら、7年前の自分がコメントしていました。

その瞬間ぞっとしました。


僕の感性は、7年前から全く変わっていなかったのです。


これが、30年後に巡り会ったのなら、すごく感動しますが、7年という微妙な期間で、掘り起こしてしまった。

しかも大して面白くないコメント…




「僕はこの7年間何をしていたのだろう。」



そんな感情が駆け巡りました。


やっていたことといえば大学、就活、お仕事です。

バイト4年間やってました
簿記3級とりました。
20キロくらい太りました。
車買いました。
1人暮らしはじめました。
父親が死にました。

半分以上がここ2年くらいの出来事です。

社会人になってからすごく時間の流れが速くなっていますが、自分の環境の変化もすさまじいです。


多分人間、目的を持てば大学生活の4年間の間で、大抵のことは達成できると思うんです。


計画性のない人生を過ごしてきてしまったのが7年間を振り返ってすごく後悔していることです。


周りの人間を下に見て、なんとなくすかして生きているようなあの頃には戻りたくないとおもっています。


明日の仕事の心配とか、その日の仕事を一生懸命頑張っている自分の方がとても素敵だと思います。


時間があるから素晴らしいのではなくてその時間の使いかたがすごく上手なひとが素晴らしいんだと思います。

若者は無限の可能性があるという言葉はあっているようで間違っています。


無限の可能性はあります、時間もあります。
ただ、それはじぶんで望まなければ、人に教えを請わなければその道は現れません。

そして逆算してやることを考えていくと、意外と時間がないことに気づくと思います。


環境のせいにしてはいけない。
そしてチャンスは準備できていないときにも現れます。

そのときは正直にびびっていることを伝えるか、それでもやりきろうと気合いを入れて頑張るしかありません。

自分の人生なのです。誰のものでもありません。親の助言は多少当てになりますが、それを最終決定の材料にしてはいけません。

誰一人自分と全く同じコンディションの経験をしたにんげんはいません。

誰もが一発勝負死ぬまでノンストップの即興劇の主役が自分なのです。

主催が感じる感情をメインに物語が進んでいきます。


www.youtube.com


又吉さんの言葉を借りて終わりにしたいと思います。

「バッドエンドはない、僕たちは途中だ。」


この悲しみは幸せになるためのフリだ。そう思えば今日だけは頑張れるかもしれない。

もしかしたら最後の最後にどんでん返しのある舞台を演じているのかもしれません。

この舞台の演出、監督は自分です。

遠慮はいらないのです。

思いっきりやりましょう。

僕は、94キロの今からこのPVに出てくる清原翔さんになります。(70キロ台)
やります。誰に何を言われようと。

www.youtube.com


この先7年間がとても素敵で密度が濃いものになるよう。今を懐かしめるその時まで生きて行こうと思います。

1まわり上の女性に告白をされました。


私の生き方はいったいいつまで生きるつもりの生き方なんでしょう?

全く検討もつきません。


ただ今思い描いている未来とは、当分大病を患うことはなく、仕事も順調で、運良く結婚できている未来です。


順調な人生とは何でしょうか。

パートナーがいること?
それとも、会社に必要とされていることでしょうか?


どちらも深さは違いますが人間関係が関わってきます。


1週間前、職場の人に告白されました。


同じ部署ではありますが、あまり会話は交わしていない方です。

私はその告白を断ってしまいました。


なぜでしょう。
年齢?見た目?自己肯定感の低さ?

何が原因か一つに断定するのは難しいですが、私はその人と生涯お付き合いをしないという結論を出してしまったのです。

自分の可能性の芽を摘んでしまうような行為は避けようと思っていたその矢先のことです。

うーーーん。
いろいろあるなかでも結構大きい原因は

「いや、常識的に考えて○○でしょw」
というモラハラ的な考えによって相手を傷つけてしまう恐れがあることでした。

告白されている状態、すなわちその状態では恋愛マウント的には上の状態です。
その状態で調子乗った自分がモラハラ的な行動をとりがちなことに気づいてしまったのです。

いやいや、一人暮らしは料理できないと。
そう考えていて元カノには料理を教えたり。

いやいや、このくらいはすぐできるでしょ。
そう考えながら勉強を教えていたり。

いやいや、いい年した女がユーチューバーのグッズ職場に着けてくるか普通?
とか。

自分の基準に合わせようとしている自分がすごくいやで。
相手の人の感性を殺してしまうのではないかと、いろいろ考えてしまった結果
「疲れた。金もないし、時間もない。相手も傷つけるし、断るか。」

そう考えて結論を出しました。


その結論は正しかったのかわかりません。
今でもさみしい時はその相手のことを考えてしまいます。
楽しそうなところを見つけると誘おうかなと思います。

ただそれは恋ではないと私は思うんです。

それは「寂しい」と「暇」と「性欲」が微妙な配合で組み合わされてできあがった「恋ではない」感情なんです。

恋であれば、行き先なんてどこでもいいんです。近所を散歩していたら偶然見つけたカフェや公園でもいいんです。

相手とどこか行きたい→あのカフェ行こうか

これが恋の発想です。

一方、
最近遠出してないし、なんなら初めてイケアにでも行ってみたいなあ。→あの人誘うか

これはただ一人で行くのは「寂しい」から相手と行くんです。恋ではありません。


遠距離恋愛やマメな連絡、絵文字やスタンプといった、
普段ならめんどくさいと思っていることを相手のためならできること。

それが恋なのではないかと思うんです。

生きることは面倒なんです。恋なんてもっと面倒なんです。
それを損得勘定なしで、「この人と一緒なら仕事なんてなんでもいい。」

「社会から浮くことなく、不自由なく一緒にいれる程度の稼ぎであればそれで十分。」
そう思えるような感情こそ恋なんだと思いました。

なんだかんだ元カノに似ている髪型・体型の人がまちにいると目で追いかけてしまうので未だに忘れられていないみたいです。

そろそろ私も前に進まないと。自分の人生を進めないといけないなあと今回の1件で学びました。

今回は想いを伝えてくれてありがとうございました。
あなたはとても素敵な人なので、自分みたいな人間ではなくもっと素敵な人が現れると思います。
どうかお幸せに。
これからの人生に素晴らしい出来事がおとずれますように。
私も頑張ります。